マリウスくんの好きなところ。

最近刊行された数々の雑誌の記事内容がとっても素敵で、好きの気持ちがとまらず。またしてもマリウスくんへの熱いパッションを綴りたいと思います。(前回よりも個人的な話や妄想が多めかもしれませんので、ご注意ください。)

 

前回、マリウスくんの好きなところについて、以下をしたためました。

 

①悲壮感がないところ

②自己肯定感のあるところ

③多様性を認めているところ

 

今回は、

 

①貢献という志

②やわらかさ→ポジティブな空気感、柳のような在りよう

 

についてお話させてほしいです。

 

①貢献という志

ドイツからはるばる日本へやってきて、「人を幸せにしたい」という夢を持ち続けているマリウスくん。口で言うのは簡単…と思う方がいらっしゃるかもしれませんが、言うのはもとより、心から思うことすら難しいと思います。しかも、マリウスくんのように幼少のころからそのような奉仕の精神を持つのは並大抵なことではない。

 

私は、マリウスくんと同じで他者に貢献したいという気持ちが割と強いです。職業興味検査で、「奉仕」の項目の数値が抜きん出ていたときは驚きました。でも、そういう風になったのは実に最近のことで、色々な経験をしたからこそ。

 

社会人になって初めて入社した会社で心身ともにぼっこぼこにされ、ぼっこぼこになったまま退社しました。ボロボロの状態から回復にいたるまで、たくさんのことに気づきました。在職中、ずっと弱音を聞き続けてくれた同期、回復を辛抱強く待って助けてくれた家族…。プライドなんて完全に打ち砕かれてボロボロになったことで、自分の無力さと周りの支えを思い知りました。周りの人間に支えられ、周りとの人間関係の中で私は生かされているのだと痛感し、感謝しました。何事もなく生きているというだけで、それは人の支えの上に成り立っていることだったんです。

 

そこから、自分が受けた恩をまた誰かに還元していきたい、という風に思うようになったのですが…ボロボロになる前の自分なら、「殊勝なこと言っちゃって笑」と鼻で笑っていたかもしれません。

 

先日の雑誌でマリウスくんは、

 

人間はひとりで生きられないし、他人がいるから自分は存在する。だから僕は、人を幸せにできる存在でいたい。

(引用元:モア 2017年号増刊)

 

と述べていました。私が痛い目を見て初めて体得できた真実を、マリウスくんは既にわかっている、知っている。その賢さと崇高な精神性を敬わずにはいられません。MEKURUという雑誌のインタビューで、なぜ「人を幸せにしたい」という考え方を13歳(当時)でできるのかと問われ、自分がこうなりたいと思ったスタートはお母様だった、ということで自身が生まれた時について語っています。マリウスくんが生まれる時、お母様は危険な状態だったそうです。そのことを聞いたとき、

 

自分はほんとに家族に愛されてるし、大切にされてる気がして。

と思ったマリウスくん。そして、こう続きます。

それをみんなに伝えたいって思うんです。”ぼくだけじゃないんだよ、みんなが大切なんだよ”って。 

 (中略)

ひとりひとりに意味があるんだよっていうことをわかってほしい

(引用元:MEKURU 第2号 特集 10代という季節)

 

この経験がマリウスくんが人を幸せにしたいと思った出発点、ということだと思います。貴重かつ希少でとても大変な経験とはいえ、この経験から奉仕の精神が生まれたのだとしたら、ひとつのことから深くを学び取る賢さと感受性の強さを感じます。でも、マリウスくんの人を幸せにしたいという気持ちは、学びや経験から得たものだけではなく、先天的に持っている慈悲深さもあるのではないかな、なんて思います。まさに神の御使い、ですね。

 

勝手なイメージですが、ひとって愛情が注がれるためのコップみたいなものを持って生まれてくると思うんです。そのコップを、親や周りの人から愛情を注がれたり、自分で自分を認めることでいっぱいに満たしていく。そしてコップが満たされて初めて、他者に奉仕・貢献しようと思えるんじゃないかなって思うんです。幼少のころにそのコップを満たせなかったひとは、自己肯定感が低くて何かに依存して振り回されたり、自己承認欲求を満たそうと躍起になったり…なかなか周りに目を向けられないんじゃないかって。コップを満たすことに人生の大半を使ってしまうひとだっているかもしれない。私はまさに、先述のボロボロの状態から回復する過程で、このコップを満たすことができた感じでした。コップを満たすまでが人生の第一ステージ。そこからが第二ステージ、と私は考えています。マリウスくんは幼少のころにはすでに人生の第二ステージを生きていた、と考えるとすごいなぁと改めて思います。

 

また、モアでの言葉は、以下のように続きます。

この思いはメンバーも同じ。『今日も誰かを幸せにできたらいいな』って毎朝思ってます♡

 

 「人を幸せにする」という一見すると壮大な夢で、遠くばかりを見て足下や周りが見えなくなる…なんてことがあったって不思議ではない気がしますが、そんなこと一切ない。周りの人を大切に、ファンを大切に…幸せを身近な人から伝播させていくマリウスくん。素敵だなぁ思います。

 

他者への貢献を目指して日々自己研鑽を続けるマリウスくん。その姿は美しく、気高く、自分もがんばろうとたくさんの勇気をいただいています。

 

②やわらかさ→ポジティブな空気感

 

マリウスくんからは、ポジティブでやわらかな空気を感じます!うまく言えないのですが、私には苦手と感じるポジティブさがあって。本屋さんに平積みでたくさん並んだ自己啓発本とかに感じるもの。「自己啓発!自己研鑽!キラキラー!!」みたいな…うまく言えないのですが、押し付けがましいプラス思考が苦手です。真夏のギラギラした太陽光線みたい。

 

マリウスくんのポジティブさは、やわらかな日だまりのよう。そこにいるだけで、存在を肯定されているような気持ちになります。なんでこんな気持ちになるんだろう?と思ったときに、自己肯定感がマリウスくんにはあるからかな、と思い至りました。自己肯定感のある人って、余裕があって、他者に寛容なイメージ。傷つくようなことを言われても、根っこの部分は揺らがない。だから、安心してこちらも自己防衛せず心を開ける。

 

先日、雑誌で

 

ボクは自分のすべてが好きで

(引用元:POTATO 2011年11月号)

 

と述べていたマリウスくん。あぁ、素敵だな、やっぱり好きだな~!!と思いました。

 

ちなみに、マリウスくんに感じる安心感には既視感があって、それは大好きなカウンセラーの方と話しているときと同じものでした。あたたかくて、にこにこしていて、「大丈夫なんとかなるなんとかなる」という鷹揚さがある。その雰囲気とマリウスくんが被るんです。

また、カウンセリングに求めることとして、やっぱり理解されたいっていうのは強いですが、色々と脅迫的に心配性な私はそれ以上に「大丈夫!」って言ってほしくて。たくさんの「大丈夫!」の声をかけ続けてもらっていました。その「大丈夫」が積み重なって、人生に対して怯まずに進めている。そして、マリウスくんの言葉、パフォーマンスからも私はいつも「大丈夫」というメッセージを感じています。総マリサマパラで、ふたりは

 

貴方自身にどんな事があろうとも、僕たちが付いています

(引用元:月刊ソングス 第15巻第10号)

 

と言ってくれました。そのメッセージを旨に、がんばれている自分がいます。

 

②やわらかさ→柳のような在りよう

唐突ですが、”レジリエンス”という言葉が好きです。この言葉を知ってから、ああ、こういう風になりたいなぁ、と思うようになりました。以下、レジリエンスに関する引用です。

 

「一般的に“心が強い”とイメージするのは、“鋼のような”、“跳ね返す”、“硬い”、“頑丈な”というイメージを持つが、レジリエンスというのは、楽観性のように自分のいる状況に対して前向きに、不安とかそういうものに打ち負けないでしなやかにこなしていく。
そういう心の持ちようがレジリエンスだということが、研究の中でだんだんと明らかにされてますね。」

(引用元:http://www.nhk.or.jp/gendai/articles/3486/1.html

 

私がこの言葉を知ったとき、教えてくれた方は「柳のような心」とおっしゃっていました。逆境に対して、しなるように形を変えて、またもとに戻る柳のような柔軟性のある心。そういったものを私も持ちたい!と思っています。そして、マリウスくんを見るたびに、この言葉を思い出すんです。

否定されても根っこの部分まで揺らがず、自分を保っているような…しなやかなイメージ。自分が傷つかないように自分を鎧って、武装して、感受性が乾いてしまったような大人をたくさん見てきました。一方、マリウスくんはオープンで、泉のようにイマジネーションや愛情が湧き出ているような印象を受けます。傷つかないためというより、傷ついたり逆境が起きたときに対応できるだけの技能や選択肢をたくさん身につけていっているように見えます(大いなる妄想との自覚はあります)。

 

そんなマリウスくんの在りように、憧れますし、尊敬しますし、大好き!!という気持ちが止めどなく溢れてきます。

 

…最後に。ここまでお読みくださり、ありがとうございました。マリウスくんのパフォーマンス、言葉、勉強に邁進する様子を見るたび、「人を幸せにしたい」という志を実現しつつも更なる高みを目指して歩を進める姿に感銘を受け、また、たくさんの癒しをいただいています。こんなにも好きでいさせてくれるマリウスくんに、改めて感謝します。

 

w-inds.の四季が好きすぎて10年以上聞き続けている私がその魅力を伝えたい!

0.はじめに
 
当記事をご覧いただきありがとうございます。早速ではございますが、論より証拠、百聞は一見にしかずということで、早速こちらの動画をご覧ください。
 
いかがでしたでしょうか?この楽曲は、2004年10月6日に発売されたw-inds.のシングルです。私がこの世で一番大好きな歌で、w-inds.のファンになったきっかけの歌でもあります。私はこの歌に出会って以来、10年以上毎日のように聞いています。1週間も聞かないでいると、メンタルの調子が悪くなるのでその後浴びるように聞いたりすることもあります。受験、入学、卒業、就職、退職、再就職…自分の人生の節目節目にはいつも四季があり、寄り添い、支えてくれています。このすばらしい歌(およびPV)の魅力、好きという気持ち、感謝の気持ちを再確認したく、当記事をしたためさせていただきます。ただ、100%主観なので、お読みくださる方と考えや感じ方が食い違うことがあるかもしれませんが、お許しく ださい。また、w-inds.をご存じない方でもわかるよう、w-inds.についての紹介もいたします。
 
では次から、私がこの歌に魅了され、生活の一部となる過程とともに、この歌の魅力についてまとめていきます。
 
 
1.淡々と切なく、そして美しい歌詞
 
私が四季に決定的におちた瞬間というのは、忘れもしない2005年1月2日のことでした。友人と集まりカラオケで遊んでいる時のことです。当時w-inds.が好きな友達が、四季を歌いました。カラオケでは画面に映る歌詞をしっかり読みながら聴くタイプでしたが、この時は、歌詞が流れ出すやいなや、いつもより一層食い入るように画面を見つめていたと思います…。
 
電撃が走った心地がしました。青天の霹靂とはまさにこのこと。あまりの切なく美しい歌詞に魅了され、あっけにとられました。とにかく「え!?すごい!すごい…」としか言えず。「w-inds.ってこんなにいい歌を歌っていたの!?」と衝撃を受けました。ソファーの上で仰向けになり、まさに仰天しました。
 
四季の歌詞はこちら↓です。

http://j-lyric.net/artist/a000606/l002d44.html

 
四季の移り変わりとともに、男女の出会いから別れまでを、男性が過去を振り返る形で描いています。四季折々の情景描写とともに男女の甘くときには切ない恋模様が織り交ぜられています。そこに、男性の別れたあとの俯瞰した視点での後悔や悲しみの念が随所にちりばめられ、物語がより一層情緒的、幻想的に感じられます。
 
この歌詞でとても好きな点としては、第一に淡々としていることです。その淡々としたところが逆に男性の痛みを感じさせ、切なくさせます。四季の歌詞には、激情というものがないように思います。女性への情念も、後悔も、深さはあるけれど激しさはありません。押し付けがましさや自己陶酔というものがない。「君がいない四季を渡るよ」というところからも、別れを悲しんでいるけれど未来を見据えており、ただ一時的な激情に流され酔っているわけではないことがわかります。だからこそ、素直に男性の気持ちや回想が自分に沁み入ってくる。いかに純粋に彼女を愛し、彼女と過ごした時間を大切に思っていて、彼女がいないことに失望しているか、ということが切々と伝わってきます。また、それでも 彼女のいない未来を痛みとともに進もうとする意志からは、彼にはこの先も生活があることがわかり、現実感があります。私たち聴き手も彼同様、順風満帆とはいかず何かしらの痛みや辛さを抱えながらも生活をしていかなければならない人がほとんどだと思います。ただの綺麗な失恋物語で終わらず、聴き手の人生・生活とのつながりがあるところも好きです。
 
第二に好きな点としては、やはり一貫して歌詞が美しいところです。四季の描写と男女の恋模様の描写の流れが自然で美しい。また、抽象的で詩的な描写で、男性の回想という形をとっているのも手伝ってとても幻想的、かつ郷愁を誘います。また、色の描写は一切ないのに四季ごとに色が見えるのも素敵だと思います(私だけかもしれませんが…)。春は、二人を包み込む風にまう桜、夏は夜のブルーグレーのさざ波、秋は朝日にやわらかく照らされたふたりを包むシーツのベージュ色、冬は涙を流す彼女の上から舞うやわらかな雪…。綺麗な小説を読んでいるかのような気分になります。
 
私は当時、アイドルに対してあまり良いイメージがなかったのですけれど、そんな先入観は打ち破られ、早速友達から四季のCDを借りたのでした。
 
 
2.橘慶太くんの透明感あふれかつのびやかな歌声
 
閑話休題、そもそもw-inds.って?という方のために簡単に彼らの説明を(引用元は公式サイト、wiki、自分の記憶より)。
 
w-inds.は、橘慶太くん、千葉涼平くん、緒方龍一くんの3人から成るダンスボーカルユニットです。事務所はライジングプロダクションに、レコード会社はポニーキャニオン(!)に所属しています。基本的にボーカルとダンスを慶太君、コーラスとラッブとダンスを涼平くんと龍一くんが担当しています。2001年3月14日にデビューし、その中性的な容姿や慶太君のハイトーンボイスで人気を博しました。当初はアイドル的な売り出し方ですが、徐々に徐々にアーティストに転向していった印象です。
 
現在はこのような楽曲を歌っています。
 

www.youtube.com

※ふたつめのTime Has Goneは、慶太くんが作詞作曲編曲などを手掛けています。

ちなみに、四季のころの彼らの年齢は慶太くんと龍一くんが18歳くらい、涼平くんが19歳くらいです。
 
さてさて、本題に戻りましょう。
早速友達からCDを借りた私は、歌詞だけでなく彼らの歌声にも没入していきます。四季はボーカルを慶太君が、コーラスを涼平くんと龍一くんが担当しています。まずは慶太君の声からお話します。とにかく、透明感があるその歌声に強く引き込まれました。透明感がある、というか声が透明、透明そのものなんです。純度100%のお水をいただくような、何の引っかかりも違和感もなく耳を通って心にしみ込み癒してくれる声なんです。甘さもあるのですが、透明でさわやか。そして、声変わりしたことにより声に柔らかさが出て、春の木漏れ日に包み込まれるような心地よさがあるのです。また、太さも出て伸びやかになったとも思います。この後慶太君の歌い方はどんどん変わっていきますが、当初抱いた慶太 君への声のイメージは変わることのないまま今に至っています。唯一無二の、誰よりも一番心地よい声だと思っています。
 
 
3.涼平くんと龍一くんのコーラスの美しさ、3人の歌声の調和
 
お聞きになっておわかりいただけたと思うのですが、この歌は慶太くんの歌声だけでは完成しません。涼平くんと龍一くんのコーラスがあってこそ四季の世界観が完成します。
 
二人のコーラスが慶太くんの歌声に折り重なり、重層的な音の世界を作り出しています。けれど、自己主張がなく透明感のある歌声なのでけして重苦しくない。とても薄い七色の和紙を重ねてた上から光を照らしたら、淡い虹色の世界が広がっている…そんな世界観。先述の「淡々とした切なく、美しい」歌詞の世界観を壊すことなく声で表現しています。
 
サビではコーラスのボリュームがわずかに大きくなり、音程も(多分)メインの慶太さんの声と違うので、より重層的かつ違和感のない程度に盛り上がりを見せています。全体的に淡々とした楽曲なので、わずかな緩急でも聞き手を引きつけ、歌詞の語り手(男性)の引き絞るような切ない心の声がドラマチックかつ素直に伝わってきます。(私は音楽的なことはさっぱりわからないので、音程などに関しては不確かです。聴いた感じです。)
 
 
4.聴けば聴くほど耳に馴染み、心地がいい
 
四季にはまり込んだ私は毎日毎日飽きもせず四季を聞き込むこととなります。四季のすごいところはこの状態が永続的に続く(続いている)ことです。当初ほどではないにしても、今でもほぼ毎日聴いていますから…。
 
四季は、淡々とした歌詞とともにメロディーも淡々としています。(淡々としているけれど、歌詞同様、郷愁を誘うような、あたたかでほろりと泣けてくるようなメロディーです。)そして先述の通り、三人の歌声は透明度が高くて耳にすうっと入ってきます。とても耳なじみがいいのです。さらに、聴けば聴くほど耳が慣れてきて、全く違和感がなくなる。ただし、無音に等しいというわけではなく、それは川のせせらぎとか、風の通り抜ける音とか、葉擦れの音といった類のものです。癒される自然音に近いのです。耳にとても心地よく、聴くとほっとする。特に、つらいことがあった時、疲れたときには優しく寄り添ってくれます。励まして鼓舞してくれるというよりは、がんばったね、いったん休もうねっ て寄り添って癒してくれる、とまり木のような存在。いつの間にか、私の生活に欠かせない存在となっていました。
 
(一方で、じっくり聴いて改めてその歌詞の深さ切なさに感嘆しセンチメンタルな世界に入り込めるところも四季のすごさです。)
 
学校の、アルバイトの、会社の往復で四季を聴いて何度助けられてきたか。四季とw-inds.への感謝の気持ちは絶えることなく、一生続くと思います。改めて、感謝です。
 
(主旨から外れるので割愛しますが、四季をきっかけとしてw-inds.の新曲を買うようになり、今では四季だけでなくたくさん好きな歌があり、立派な(?)w-inds.のいちファンであります。)
 
 
5.ノスタルジックかつ刹那的な少年の美しさをとじ込めたPV
 
四季が収められているPV集は私の宝物のひとつで、今やボロボロです。センター試験当日の朝も見てから臨みました…。
 
歌詞の失恋というテーマとは打って変わってタイムスリップがテーマになっているこちらのPV。こちらもとても素敵なのです!!
テーマは違うものの、根底を流れている雰囲気は「切なさ」「郷愁」と、歌詞・メロディーとリンクしています。
全体的な色彩が秋の色でおぼろげな雰囲気、かつ古めかしい鉄道や駅舎が舞台なので、どことなく懐かしさを感じさせます。ストーリーも、過去の自分や自分の縁者と邂逅するものの、気づいた時にはその相手は幻影だったかのようにすぐに消えてしまう…、というもの。その一瞬の邂逅に、刹那的なものを感じ、切なくもなります。
 
また、このころのw-inds.は少年から青年に移り変わっていく年頃。デビュー当時は少女と見まごうほど愛らしかった面立ちが、だんだんと美しい青年へと変化していく過渡期です。その渦中の瞬間がこのPVには収められています。危うげで、不安定で妖しげな少年たちの刹那的な美しさにため息がもれる人もいるかと思います。
 
ちなみに、PVメイキングもとてもすばらしい!!等身大の彼らの何気ない瞬間が収められており、とてもかわいらしいです。特に、共演した子供たちと遊んであげる慶太くんは微笑ましいですし、列車ごっこをして遊ぶ三人は年相応でかわいらしく面白いです。
 
 
6.最後に
 
四季のレビューで、「この曲はちがう。重い。」といったものを見かけたことがあります。(先ほど探したんですが見当たりませんでした…。)私はそれにいたく共感し、同じようなことを感じている人がいることにとても嬉しく思ったことを覚えています。
 
とにかく、四季が大好きです。いつもありがとう。これからも、多くの人に愛され続ける歌でありますように。願わくば、四季をまだ知らないけれど必要としている人に、何らかの形で四季の歌が届けられますように。
 
最後に、考えや感じ方が違った部分、補足したい部分もあったかとは思いますがここまでお読みくださりありがとうございました。(明らかに間違っている情報がありましたら、優しくこっそり教えていただけると助かります!)
 
重ね重ね、ありがとうございました!!

SexyZoneに出会って、マリウス葉くんを大好きになった話。

★目次★(※約7千字) 

※ヒートアップするのは本編③から

 

1.注意事項

・個人の意見・感想です。自分の理想をマリウスくんに投影して、現実のマリウスくんと乖離があるところがあるかもしれません。

・ここでいうSexyZoneに「出会う」とは、沼(というかサンクチュリア?)に落ちることを意味しています。

・いわゆる「格差」の色濃いころの映像は見ないようにしているので、あまりそのころの様子を理解していません。

 

2.はじめに

マリウスくんが好きすぎて大好きが止まらなくなってしまって溢れ出しそうなので、まとめさせていただきます。

要は、芸能界に疎いうえジャニーズには否定的なところがあった私がSexyZoneに出会ってマリウス君を大好きになった話です。

少しでも、SexyZoneやマリウスくんに興味を持った方をセクゾン沼に誘う一助になれれば幸いです。

 

3.SexyZoneに出会う前

SexyZoneに出会う前は、ジャニーズに対して否定的な見方をしていたところがありました。

他事務所のタレントの方への排他的な事務所の対応を知ったことが一番の原因です。その排除対象のタレントと比較する癖がつき、パフォーマンス面でのスキルの違いに「う~ん…」となっていました。バラエティでの即応力は素直にすごいと思うし、演技力もすごい人はすごいって思ってましたが。

 

(こんなことあえて書かなくてもいいかもしれませんが、否定的な見方をしていた人間が落ちるくらいの魅力があるんだよってことを伝えたいので書かせてもらいました。)

 

また、そもそもテレビをほとんど見ない、音楽も元々好きな人たち以外チェックしないので、特定の芸能人を新たに好きになるという未来を全く予想していませんでした。

 

4.SexyZoneに出会う前の、SexyZoneに対する認識

グループ名は知っていたものの、メンバーの顔も名前もわからない状態でした。

中島健人くんだけは、銀の匙の主役をやった方として知っていましたが、SexyZoneのメンバーとは認識していませんでした。

 

5.本編①:SexyZoneに出会う 前編(SexyZoneChannnelを見る)

ある日、いつもと変わらずネットの海を浮遊していると、たまたま目に入った短い動画。それが、私が彼らと出会ったきっかけ。セクチャンでのふまけんが荒れ狂うシーンをまとめた動画でした。二人の少年がひたすらに楽しそうにはしゃぎ、かつクレイジー!そんなシーンが勢いよく流れに流れ、最後に(常識人枠の大人しそうな美少年の)「ほんと、頭おかしい」というオチ。完璧。神がかった編集。

 

「何これ面白ーい!」

 

って感じでそのひとときを楽しみましたが、そのときはそれで終わり。特に彼らを深追いすることはありませんでした。

 

しかし、後日…

 

生活が慌ただしくなってきたある日。精神的に癒し…というか、笑い、とにかく無心で笑いたい!!という気持ちのままに笑える動画を漁り始めた私。とりあえず、スクール革命の山田君と知念くんの動画を見ることに。

 

スクール革命はかつて好んで見ていた番組で、全体のほのぼのした雰囲気やお決まりの流れ(春日がぼけてシーンとなって若林が何か言うとか、愛梨ちゃんのボケとザキヤマの突っ込みとか)が好きでした。その「お決まり」でも特に好きだったのが、

 

山田くんが知念くんに対抗心を燃やして勝負をしかけるも、あえなく惨敗する

 

というもの。すごく笑える。

 

ということで、その系統の動画やスク革動画を見まくる私。そこで、ふと、思った。

 

そういえば、この前見た動画の子たちの動画も見てみよう…

 

おそらく、山田くん知念くん=ジャニーズからあの動画を思い出したのだと思う。

 

そこで、出会ってしまったのです。セクガル量産機こと、SexyZoneChannnelに…。

 

なんか、ふっつーに、面白い…。というか、すごく癒される…。

 

その頃、ほんとに生活がばたばたしていた時期だったのもあり、疲れた心がじんわりと癒されていくのを感じました。若い男の子たちがきゃっきゃきゃっきゃと戯れているだけの映像…。ゴールデンのバラエティ的なはっきりとした笑いの起承転結なものはないのに、とっっっっっても癒されるのです。おそらく、バラエティ番組の勘所とかをわかっていない、見せ方をわかってない、そういうのを意識してないからこそ出せる無垢さというものがセクチャンにはあるのだと思います。その無垢さと、本っ当に楽しそうな姿が、癒しを惜しみなく与えてくれました。

 

ちなみに、特にすきなのは、

「フィレ~~~!!!!」

NSX!!!???」

「Yes,I'm Mariusu!!!」(ラスト)

です。

 

休日では見きれず、平日の隙間時間でもセクチャンを見る。まだ見ていない回がある、見るのが楽しみなものがあるというワクワク感。ほんとーに楽しい数日でした。

 

でも、この時点ではまだ、SexyZone自体に落ちたという感覚はなく、ただ面白い番組が見れてハッピーあはは…って感じでした。

 

6.本編②:SexyZoneに出会う 後編(歌を聴く)

セクチャンを一通り見た私。なんとなく、何気なく、

 

歌も聞いてみよう!と思い立った。

 

これが、私がSexyZoneに落ちる決定打となりました。

 

とりあえず、メドレーの動画を見てみる。

 

あれ!普通にいいぞ!?

 

SexyZoneのキラキラソングたちは、私の好みというか、「こんな曲があったらいいな」という願望を見事具現化したものたちでした。きゃりーぱみゅぱみゅの浮世離れした異次元の可愛さ、Perfumeのふわふわファンシーな可愛さと透明度の高いキラキラ感、あややのアイドル100%な力強い可愛さ、そしてキャンディーズのような古きよきアイドルソングのキャッチーさをぎゅぎゅっと詰め込んだような楽曲。

 

それを、男の子たちがやっているのがすごい!特にLadyダイヤモンドは、うわあ~すっごい!キラキラ!!って感じでした。

 

でも、もっと素直にびっくりしたのが、色々な動画を見る中で、

 

あっれ!!ふっつうに歌うまいぞ!!!???

 

ということでした。

私はジャニーズの歌唱について一部の人たちを除いて懐疑的でした。

 

でも、SexyZoneはソロパートが多く、ハモりもとっても綺麗だし、歌が下手な人がいないし、一人一人の声がとても綺麗でした。特に、風磨くんの声がとても素敵で印象的で、セクチャンでつくりあげたイメージがあった分びっくりしました。キャンディーボイスとテレビで評されてましたが、まさにその通りだと思いました。(その後癖の強さとかにびっくりしていくことになりますが…

 

あと、SexyZoneの楽曲はキラキラだけではない!特に

 

この曲素敵!!最高!!!

 

となったのが、4Seasonsでした。メロディーも歌詞もとても綺麗で、爽やかで、彼らの歌声の綺麗さと甘さが際立つとても素敵な楽曲。SexyZoneの歌を聞き始めたばかりのときは、これを特によく聞いていました。

 

特定の「楽曲」を好きになることはままあるのですが、アーティスト自体を好きになることは滅多にありませんでした。逆に言えば、一度そのアーティストの作り出す音楽が好きだとなったら、多分ずっと好きです。そして、ずっとその音楽が好き=そのアーティストをずっと好きでいることになるわけです。

 

これは個人的な話ですが…番組が好き、ビジュアルが好きとなると、雑誌やテレビを追いかけて見る、つまりSexyZoneを追いかける、見る、「対象」となるわけで、それって自分に「店に行く」「お金を使う」「視覚を集中させる」パワーがないと続かないからファンで居続けるのが難しいと感じます。

でも、音楽が好きとなると違う。音楽はいつでもすぐ聞けるし、作業しながらでも聞けるし、自分のタイミングでCDショップに行けば買えるしなんなら借りられるし、「見る」ほど主体性を発揮しなくてもいいし、楽に触れられる。音楽は、「対象」ではない。そして、そのときそのときの自分の気持ちに「寄り添ってくれるもの」で「共存できるもの」だと思うのです。だから、音楽が好きというのは私にとって「好きが持続(永続?)する証」で、「最強」で、そう自覚した時点で

 

「SexyZoneが大好きだな~。たぶんずっと好きなんだろうなぁ…」

 

っていうことが自分の中で決定づけられたのでした。

衝撃的に沼におちたというよりは、ゆるやかに確実に落ちていった感じでした。

 

まあ、単純に、出演番組が面白くて好きで、音楽も好きなら、それって大好きってことだよねって感じですよね。

 

7.本編③:マリウスくんに出会う&マリウスくんの好きなところ

 

さて、ここから本編です!!(興奮)

 

マリウスくんを大好きになったきっかけですが、

SexyZoneの天使ことドイツと日本・中国のハーフのハイデルベルク出身のマリウス葉くん(17)を大好きになったきっかけですが、

 

全然覚えてません!!!

 

セクチャンを見て、動画をいくつか見て、気づいたら、

 

いつの間にか好きになっていました。

ストンと、ああ、好きだなぁって、なっていました。

 

けれど、

 

なんでこんなに好きになったのか全くわかりませんでした。

(ちなみに、パフォーマンスとか演技とか関係なくその人自身を好きになったのは初めてでした)

 

かわいいから?綺麗だから?それだけでは多分ない…。その理由は、MEKURUを読んで後からわかります。

(多分、好きになった当時は第六感で好きになったのだろうな、と思います。)

 

MEKURUという雑誌に13歳のころのマリウス君のロングインタビューが掲載されています*1。そのインタビューを主軸にして、マリウス君の好きなところをいくつかあげたいと思います。好きなところは数あれど、特に

 

①悲壮感がないところ

②自己肯定感のあるところ

③多様性を認めているところ

 

が大好きです。

 

①悲壮感がないところ

他のメンバーも別に悲壮感ただよっているわけではないと思いますが(勝利君に関しては色々つらそうだったという話をききますが、その頃を知らない)、マリウスくんは突き抜けている気がします。いつも朗らかで、にこにこしていて、見ていてほんわり幸せな気持ちになります。格差のことを知らないときからこう思っていたので、それを知ってからは尚更マリウスくんの柔らかくて温かいオーラに凄さを感じました。

 

平凡ブルータスで”悪い人”に対して、そうなってしまったバックグラウンドを想像したり、いい面もあると言うマリウスくん。また、悩みはひきずらないようにしていると話をしていて。

 

自分で、自分をポジティブな方向に導く力のある方なのだと思います。

 

特に、この年頃でこういう思考ができるのはすごい!!って思うんです。私の思春期って、陰の方向に魅力を感じてしまっていたので、そういう人に惹かれたし、悩みにいつまでも浸っていたがるところがあった。不安定さにどこか心地よさを感じ心酔していた。だからこそ、若くして「正しいこと、良いこと」を是として光の道をまっすぐに進んでいる姿勢がまばゆくて敬意をいだきます。

 

②自己肯定感のあるところ

セクチャンで健人くんに和装をほめられて、「そうだよ!」って返すところ、とても好きです。

らじらーで、「怒られっぱなしだけれど、怒られることは気にかけてもらっているということ。一種の愛情表現」と言うところも大好き。

 

卑下する言葉を最近少しは聞くけれど…でも、基本的に自己肯定感のある方だなって思います。

 

私が今まで生きてきた中で強く感じたことのひとつが「自己肯定感」ってすごく大事!!ってことなんです。

自己否定をしていて、その思考が癖になると、心が弱ったときにはその思考癖が心と身体を浸食して、気づいたら病気になります。最悪は死に至ると思っています。

でも、この自己肯定感を持っていない人はとても多いと思うのです。だからこそ、悲しいニュースが起こり、精神疾患になる人がとても多くなる…。

 

そんな世の中で、自己肯定感があると伝わってくるマリウスくんは、見ていてとても安心するし、気持ちがいいのです。

 

そして、それはマリウスくんの育ってきた環境がよかったとか、外的環境のお陰だけではないと思っています。MEKURUで、自身の生まれたときのことを語っていますが、その時マリウスくんのお母様は危険な状態だったそう。それを聞いたマリウスくんの気持ちが以下です。 

 

自分はほんとに家族に愛されてるし、大切にされてる気がして。

 

もし、同じような状況で生まれたとして、皆が皆同じことを思えるとは思えないんです。人からの優しさや愛情を、そのまま素直に受け止めて自分の力に変えていくマリウスくん自身の力があってこその、自己肯定感だと思うのです。

 

そういう、やわらかいところが大好きなのです(泣きそう)。こういうところが根底にあるからこその、「悲壮感のなさ」なんだろうなぁ…。

 

③多様性を認めているところ

先述のマリウスくんのMEKURUでのインタビューは以下のように続きます。

 

それをみんなに伝えたいって思うんです。”僕だけじゃないんだよ、みんなが大切なんだよ”って。だから、みんな”不思議”になってほしいんですよね。ひとりひとりに意味があるんだよっていこうことをわかってほしい

 

ここでいう「不思議」とは、オリジナリティのことで、私なりに解釈すると「普通」から外れた個人個人の趣味思考、世間の共通認識との差異…みたいな感じです。

 

自己肯定感があるからこそ、他者を肯定できる。もっというとその他者のマイノリティな部分を肯定できる=多様性を認めている、ということになると思うのです。

 

マリウスくんは、ラジオで「料理ができない女性をどう思うか」というメールについて「女性や、お嫁さん側が料理をやらなきゃいけないとは思わない」と言っていました。これに限らず、女はこうあるべき、男はこうあるべきといった固定観念にNOを示して「色々あっていい」という主旨の発言やエピソードを何回か聞きました。

 

また、聡マリラジオで多いなあと思うのが、「○○な人(私)をどう思いますか」というメールに最終的には「人それぞれでいいと思うよ」と聡マリともに結論を出すというパターン。ジェンダーの話に限らず、多様性を常に肯定しているマリウスくん。とっても元気がもらえます。

 

女性が働くようになってきた社会だから、それにあわせて独身女性も増えるわけだけど、それに対する世間の目って厳しい。セクシャルマイノリティや障害者も認知はされてきたけどまだまだ生きにくい社会。一見「普通」っぽいけど、他者には理解されがたい性質を持っている人だっている。「スタンダード」から程度の差はあれ外れた人はたくさんいるわけで、そういうのを「OK!!」ってあの朗らかな笑顔と優しい声音で言われたら、少しは気持ちが和らぐ人がいるんじゃないのかな。

 

少なくとも、私はそうでした。

 

マリウス君自身、ハーフですし、料理やお菓子づくりとか「女の子っぽい」趣味を持っているし所作が女性的と思えるところもあるけれど、その国際性を自身の強みにしているし、「女の子っぽい」と言われても気にしないとラジオで言っていました。また、平凡ブルータスでは、女物のヘッドドレスを見事に着(?)こなしていました。自身が多様性の中の一人として光を放ち活躍することで、多様性の肯定を行動で示していると思います。

 

最近は、日本の文化に馴染めない部分に引け目を感じるような発言を聞くこともありますが、マリウスくんが私たちに言ってくれる言葉のとおり、「そのままのマリウス君でいてほしい」。

 

※また、マリウスくんの精神性だけでなく、歌声やパフォーマンスを見てさらに深みにはまっていくことをまだ当初は知らなかった…

 

8.本編④:アイドルマリウス葉くん

MEKURUで、マリウス君がアイドルの定義について語っているのですが、それは

 

自分はこういう人になりたいっていうのがアイドルだと思うの。

 

というもの。

 

まさに、私にとってマリウス君はそういう存在。あの美貌は無理だけれど…。周りにいい影響を与えられるよう(少なくとも迷惑にはならないように)自己肯定感を持ってメンタルを安定するよう心がけていたいし、人が自己肯定感を持てるようにお手伝いをしたいし、「こういう生き方もありなんだ」って誰かに思ってもらってもらえるように自分の生き方に誇りを持って生きていきたい。

 

これからもマリウス君の高潔で清廉な精神性を尊敬し続けるし、見習っていきたい。

マリウスくんの美しさは、持って生まれたものだけではないと思っていて。精神の美しさが、慈しみ深さ、高潔さが面に現れたからこその美しさだと思う。本物のマリウス君を見たとき、本当に、発光して見えた。女神様だと思った。

 

つまり、要するに、マリウス君の美しさが、マリウス君が、大好きです!!ってことです。

 

「人を幸せにしたい」という志をもって日本にきたマリウスくん。私今、幸せに向かって生きてる、幸せの途中って感覚があるよ、ありがとう!!!

 

9.最後に

もし、ここまでお読みくださった方がいらっしゃったら、本当にありがとうございます!!!

SexyZoneに、そしてマリウス君に出会って幸福度がぐんっとあがって毎日とてもハッピーです。また、お読みくださった方もハッピーに暮らせることを願っております。

STY!!

 

 

*1:『MEKURU』2号、特集「10代という季節」